代燃車「三太号」

代燃車とは

製作の意図および経過

日本のバスの歴史のなかで、戦中・戦後にわたり庶民の足として活躍した「代燃車(だいねんしゃ)」はすでに資料もとぼしくなって、なかば幻化(まぼろしか)しています。

そこで当社では、昭和56年(1981年)の創立60周年を記念し、うすれゆく歴史のひとこまの再現として、代燃車(ボンネット型・薪バス)を復元しました。

復元した代燃車は、昭和25年(1950年)製のトヨタ6気筒ガソリンエンジン車に同年製のバス車体(ボディ)の骨格をとり入れ、内・外装し薪ガス発生装置を製作架装(かそう)したものです。

製作には、当社社員数人があたり、当時の更正車(作り直しをした車)製作の工程・工法・技法をそのまま用い、解体材をできるだけ活用しながら、すべて手作りにより約8ヶ月間を費やして完成しました。

代燃車とその歴史

正しくは「石油代用燃料使用装置設置自動車」という。木炭・薪・石炭・コーライトなどをそれぞれ加熱してガスを発生させ、そのガスでエンジン作動をおこないます。

1900年代初期(明治初期) ヨーロッパ各国で開発される。
1924年(大正13年) 我国で研究に採り入れられる。
1934年(昭和9年) 当時の陸軍がガス発生装置(陸式)を考案し、これを民間のガソリン節約のために使用することを奨励。
1938年(昭和13年) この年以後、商工省が奨励金を交付して各種代燃車の使用を促進した。その後いろいろ改良工夫されつつ戦中・戦後のガソリン欠乏期に活躍した。
1948年(昭和23年) この頃からディーゼル車が採り入れられるようになって、代燃車は徐々に姿を消していった。
1952年(昭和27年) この年の初めに、当社は代燃車を全廃した。
     

燃料用薪材について

堅木(ナラ・クヌギ・栗・桜・モミ・シラカバなど)がのぞましく、大体6センチぐらいの長さで4センチ角前後の大きさに加工し、充分に乾燥させます(薪の水分含有率は約45~60%がのぞましい。冬の乾燥期の加工がよい)。薪の大きさは、火持ち効率をよくするため戦時中は大きめのものにするように奨励されました。

昭和16年の日燃式薪ガス発生炉の解説書には、6センチ角・長さ10センチぐらい…と記載されています。この代燃車の薪材は、主としてナラ・クヌギを使用しています。

薪ガス発生装置

ガス発生装置は、つぎの5つの主要部分で構成されています。下図をご参照ください。

(1)ガス発生炉
薪(木片)を入れて燃やしつけ、空気通路を小さくして薪を蒸し焼きにし、いったん木炭化させ、ガス(一酸化炭素ガスおよび薪に含まれている水分による水性ガス)を発生させる装置。一般に「カマ」とよぶ。
(2)分離器
発生したガスの不純物(ゴミ・炭の粉・灰など)をとり除く装置。
(3)ガス冷却器
ガスを冷やし、ガスの濃度を高め、出力(エンジンの中での爆発力)を増大させる装置。また、エンジン停止中は、ガスの貯蔵槽の役目もする。
(4)ガス清浄器
第1・第2の2個の清浄器からなり、第1清浄器には軽石(またはコークス)を詰め、第2清浄器には棕櫚(シュロの木の皮)を入れてある。ここを通過させて発生ガスをきれいにする「フィルター」の役目をする装置。
(5)切換器および空気混合器
空気を増減してガスの濃度を調整し、エンジン作動に適したガスを供給する装置であり、エンジンの脇に取り付けてある。
付属機として『風車』
薪をたきつけるときに空気を送り込む送風機。手動式のものと電動式のものとがあったが、復元した代燃車は手動式を採用した。
薪ガス発生装置 薪ガス発生装置およびガス経路
薪ガス発生装置 薪ガス発生装置およびガス経路

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